久々の更新です。
先日下記リンクの記事を見つけました。
この記事を読めば理解できますが山本昌が小山裕史と出会ったのが1995年になっています。
山本昌が小山裕史にウエイトトレーニングの師事をしたのは正確な情報はありませんが1980年代後半です。
当然、初動負荷理論を発表する前です。
1992年か1993年だったのですが山本昌がテレビのインタビューで小山裕史に出会ったおかげで自分の選手生命が3年は延びたと答えているのを見ています。
このブログを読まれている方はご存じと思いますが山本昌が小山裕史をウエイトトレーニングの師として師事したのは初動負荷理論を発表する1994年より前のことです。
以前「山本昌は卑怯者です」ででも紹介しましたがスポーツゴジラというフリーペーパーのインタビューでも小山裕史との出会いを1995年に変更していました。
これは今までに何回も書いてきたことですが小山裕史が初動負荷理論を発表した1994年には彼を師事していた有名アスリートは山本昌を除いて全員引退していました。
小山裕史が初動負荷理論というインチキ捏造理論を発表したとき有名な現役アスリートは山本昌一人でした。
つまり山本昌が初動負荷理論を発表した「新訂版
新トレーニング革命」をまともに読んで小山裕史の正体を見抜き彼の元を去っていれば初動負荷理論はビジネスとして成功することはなかったのです。
言い換えれば初動負荷理論をビジネスとして成功させた最大の功労者です。
このことは初動負荷理論の問題を知っている方全員が知っていることです。
いまさら何がしたいのですか?
初動負荷理論を22年にも渡ってビジネスとして成功に導いてきておいて、事実を知ったからといってストーリーを捏造する。
朝日新聞もビックリ行為ですね!
私がサイトを公開したのが2014年6月、検索上位にくるようになったのが同年8月です。
2014年に山本昌がなにをしたかは皆さんご存じかと思います。
2014年のオフに入ると同時に大勢のマスコミを連れて鳥取のワールドウイングに行ったのは誰ですか?
多くの何も知らない時のマスコミに初動負荷理論を大々的に宣伝させたのは誰ですか?
先日もNHKの番組にバーターで小山裕史を出演させたのは誰ですか?
マスコミ関係者もみな現在は私のサイトを知っているので小山裕史を取り上げても初動負荷理論という単語は一切使わなくなりました。
そのような状況にも関わらず小山裕史との関係も切らず、それでいて初動負荷理論というインチキ詐欺ビジネスが世の中に出たときのために「私は初動負荷理論とは関係ないですよ」という伏線を張っているのですから卑怯者以外の何者でもありません。
初動負荷理論がインチキ捏造理論であり詐欺になる事実を知ったのであれば今からでも記者会見を開いてすべてを謝罪するべきです。
山本昌なる卑怯者がその様なことをするはずもありませんが。
それをするくらいなら中日を首になることもなかったはずです。
今回の初動負荷理論問題を知っている方は山本昌が引退したのではなく中日に首を切られたことは誰でも知っています。
正確には首を切られただけではなく中日から縁を切られたのです。
事実、引退セレモニーを地元名古屋ではやらせてもらえませんでした。
背番号34番も新人の福敬登選手に与えられました。
中日も、この問題が表に出たときのために山本昌とは縁を切っていますという口実を作っています。
チームの功労者ではあるが、中日にとっては山本昌はやっかい者でしかいが現実です。
少なくとも小山裕史との出会いを捏造するのはやめといた方がいいですよ。
ばれたとき二重で叩かれますからね。
山本昌事件
3月5日名古屋ドームで起こる事を調べて、ジャーナリストと名乗るお前の無能さを思い知れ。
返信削除知ってるよ!
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